2018年8月 アーカイブ
2018年8月23日 15時08分05秒 (Thu)
私(工藤健詞)とジュゼッペ・ディ・ステファノとの出会い〔1}〕
私がどうやってジュゼッペ・ディ・ステファノの音楽と出会い、実際にマエストロのレッスンを受けて、その後、日本のマネージャーとしてマエストロを招聘する事になったのか、自分の忘備録としても書いていきたいと思います。
私は岐阜県で公務員の父の長男として育ちました。
中学生の時、声がいいとの理由でオペラクラブにスカウトされバリトンで歌っていました。
ある時、学科の試験の最中に音楽室から素晴らしい歌声が聞こえてきました。
すると困ったことにそちらが気になってしまい、全く問題が解けなくなってしまいました。
それは「オーソレミオ」や「帰れソレントへ」を歌うディ・ステファノの歌声だったのですが、
それからというものの彼の音楽に溺れる様に夢中になってレコード店に通い詰める様になりました。
(つづく)
私は岐阜県で公務員の父の長男として育ちました。
中学生の時、声がいいとの理由でオペラクラブにスカウトされバリトンで歌っていました。
ある時、学科の試験の最中に音楽室から素晴らしい歌声が聞こえてきました。
すると困ったことにそちらが気になってしまい、全く問題が解けなくなってしまいました。
それは「オーソレミオ」や「帰れソレントへ」を歌うディ・ステファノの歌声だったのですが、
それからというものの彼の音楽に溺れる様に夢中になってレコード店に通い詰める様になりました。
(つづく)
最近の記事一覧
アーカイブ
2026年
2025年
2021年
2016年
2014年
携帯用QRコード
- アクセス数

- ページビュー数

